第18席 1987年の清涼飲料水
1987年に流れていた清涼飲料水のCMが、2024年の現在にリメーク放送されています。
美しいBGMとともに描かれる夏の海、陽射しに満ちたプール、夏祭り、眩しく輝く元気な人々の笑顔。
1980年代といえば、書店の店頭には若者向けの情報誌が並び、映画館で上映される海外製の青春映画に憧れ、学校ではテレビ放送される学園ドラマと昨夜の音楽番組のランキングで話題はもちきりとなった時代です。
少年だった若者たちは、「これから中学、高校と進むなかで、どんな楽しいことが僕たちを待っているのだろう!?」と、期待に胸を躍らせていたものです。
情報誌を仲間と持ち寄ると、魅惑の見出しが誌面を踊ります。
「これが今ドキ中学校のおしゃれ」「中学生になったら、すこし大人なこんなデート!」などなど、素敵な中学生ライフを送るためのガイドが満載です。
さらに高校生、大学生と進みますと、まるで”『流行りのオトコ』マニュアル”のように、ガイドは詳細になって行きます。『流行りのオトコ』とはこうでなくてはならない様です。
おしゃれは基本、USAのジーンズ、出来ればビンテージ物に綿の白Tシャツ。16才のオトコのコ向けに「一度は乗るべき」オートバイの特集が組まれ、これが大学生ともなると自動車を乗り回すのが当たり前。
昼は車を駆使して季節の遊び、サーフィン、スキー、そして テニスやゴルフで遊び、夜は流行りのレストランへ彼女をエスコートして、美しい夜景を眺めながら上質なワインとともにフレンチやイタリアンを堪能し、barでは洗練されたトークでカクテルを語る。
そして、これらの『流行りのオトコ』が備えるべき『ツール(道具)』すべてについて、友人や彼女に解説できるだけの知識を持ち、博学であることが望ましい、むしろそう成って当たり前だそうです。
かなりハードルが高いのです。「お金と時間」があまり無い、一般の学生にとっては。
ハードルが高いのにも関わらず、「一部女性の意見」とは思われますが、
「クルマとおカネが無いオトコには魅力を感じない。」「雨の日にクルマもないデート?どうしろって言うの!?」
「おしゃれに食事やbarにエスコートも出来ないのに、女のコを誘うなんて論外。」
との言葉を聞いたことがあります。
特段、『流行りのオトコ』たる条件をすべて満たしている訳ではない筆者や仲間の多くは、寂しい思いをした事もあったものです。
確かに、男同士で遊びに行っても、一人でも『流行りのオトコ』が居ると楽しいことが多く、「この辺だと、ここのお店が美味しいぜ。」と連れられて行くお店、そこでの慣れた食事マナーなどは、随分と参考にさせて頂いたものです。
ただ、目の当たりにした『流行りのオトコ』の生活と、「一部女性の意見」に、思春期の仲間たちは随分と、「負い目」を感じたものです。「こうでなければならないのだろうか?」という「負い目」です。
では、その「負い目」は本当に感じなければならないものだったのか、と言えば、現在思うには、そんな事はない、と言えます。
確かに、『流行りのオトコ』に成って、友人や女性を楽しませたい、という気持ちと努力は素晴らしいものかと存じますし、彼らの生活を羨ましいと感じた事もありましたが、我々には『流行りのオトコ』が装備すべき『ツール(道具)』のすべてを手に入れたり、博識となる事は、時間とお金の都合で出来ませんでした。仲間のなかには、その「負い目」を埋めるために、借金漬けになってしまうという愚をおかした者もありました。
各人、それぞれ事情は異なるのですから、無理に他人とまったく同じである必要はないのです。
『流行りのオトコ』が装備すべき『ツール(道具)』につきましては、例えば食事マナーであれば会食する際に周囲の方に失礼のないレベルで出来ていれば良いかと思われますし、食事については博識ではなくとも、メニューが読めないなど、わからない事があればお店の方へ訊けば良いわけで、「二人で総予算はこれで。」とこっそりお店にお伝えすれば、お店はプロとして、素敵なコースを用意してくれるものです。
無理に知った風にうんちくを語っても、大概は見破られてしまうものですので、素直にお店へお任せするのも一方法です。饗された食事について簡単に質問してみたりすると、さらに楽しい会話が広がるものでしょう。大切な事は、常識的な周囲への気遣いは当然として、時間を共にしたい、と思った方に不快な思いをさせない事、そして相手を尊重する事でしょう。
なお、余談ではありますが、筆者も有名なレストランや料亭など、あまり日常生活では訪れない様なお店で食事をした事もありますし、テニス、スキー、ゴルフ、ビリヤードなども楽しんだ事がありますが、ほぼ、社会人となってから先輩や取引先に連れられて行ったものです。その立場に成ると、その立場に必要な経験が訪れる、という事です。世界中数多あるレストランでの食事や数多あるスポーツすべてを経験する事は、筆者にはおそらく難しい事かと思われますので、それぞれ楽しく素晴らしい時間であったこれらの経験を、現在でもひとつひとつ、大切な想い出としているものです。
時が経ちますと、仲間たちは勝手に感じていた「負い目」を乗り越えて、それぞれ自分が本当にやりたい事、好きな事を見つけて、そちらに情熱と全力を注いで征きました。興味深い事に、『流行りのオトコ』だった「彼」も、やりたい事を見つけ、その世界へ進んで行きました。現在では各々がその仕事に情熱を注ぐ、社会人です。これが1980年代の年齢的青春を経たあとの、社会人の青春でしょう。
「負い目」を感じてしまう様な言葉を聞く事もありますし、他者を羨ましいと感じる事もありますが、天網に恥のない生活をしていれば、他者の意見は一つの意見として聴く事はあっても、気に病む必要は無いのではないでしょうか。
筆者が自動車運転免許を取り立ての頃、助手席に乗って運転を教えてくれた方の言葉が有ります。
「後ろの車に煽られて、それを気にしてお前が事故を起こしても、煽った奴はお前を助ける事も責任を取る事もなく、笑いながらお前の横を通り過ぎて行く。気にしないで自分がやるべき運転をしろ。」
リメーク放送されているCMは、ラストは「あの頃も、現在(いま)も。」という言葉と笑顔で締めくくられています。
この言葉を聞いて、「あの頃の仲間たち」はどう感じているでしょうか。
「あの頃から40年、まだまだこれからも頑張れるぜ!」と感じるのでしょうか。
それとも「あの頃はあの頃で楽しかったけど、現在は現在で楽しいものだぜ。」と感じるのでしょうか。
「40年間その時々の流行を追い掛け続けても、流行りが廃れるたびに失うことの繰り返しで、結局、 多くのものは残らなかった。」とは、感じてほしくはないものです。
(第18席 了)