第五席 筆者の「壁」体験  

 筆者が「壁」にぶつかった体験について、お話致します。

 筆者は、柔道を三年間学んだのを初めに、その後、空手道の修行を開始致しました。 当時、
筆者は、勝手な思い込みで、「とにかく力さえあれば良いのだ。」と考え、バーベルを挙げるなど、とにかく筋肉を発達させる練習を、随分と行ったものです。 当時、男性はやはり、「マッチョ」
「逆三角形」の体型に憧れたものですから、筆者も、がむしゃらに筋肉トレーニングを取り入れました。

 特に、当時はプロレスが大流行しておりましたから、プロレスラーの素晴らしい体型を目指して、トレーニング法を学んだ ものです。  

 現在、当時の練習を見直しますと、重要な視点が欠落しておりました。 それは、プロレスラーもプロボクサーも、その体型は、まさに美術品のように素晴らしい としか言い表せませんが、では、  「プロレスラーとプロボクサーは、同じトレーニングをしているのか。」 という視点です。当時、テレビのプロレス放送では、「プロレスは全ての格闘技の要素 を併せ持つ、総合スポーツである。」と説明しておりましたから、プロレスラーはもしかすると、プロボクサーのトレーニングを取り入れていたのかもしれません。  

 しかし、得てして、プロボクサーはボクシングをする為のトレーニングをするのであり、 「力士はお相撲を取る為の体を造るため、専門のトレーニングをする。」「柔道家は柔道をする為の体を
造るため、専門のトレーニングをする。」といえるでしょう。それが、効率的に効果を挙げる方法の一つと考えます。  

 当時の筆者は、周囲に素晴らしい先生方、先輩方がおられたにもかかわらず、勝手な思い込みで、自己流のトレーニングを続けておりました。本来、スポーツ選手が行っているトレーニングを取り入れているので、オリジナルのトレーニング自体は、素晴らしいものである、と考えますが、それが、例えば、空手の鍛練として、適しているのかどうかまでは、考えておりませんでした。

 即ち、当時の筆者は、  

 空手の上達=強くなる=空手の技術習得+筋肉トレーニングと考えており、本来行うべき、  

 空手の上達=強くなる=空手の技術習得+空手の技術・術理を身につけ、磨くためのトレー ニング

 という鍛練を、行っていなかった事になります。 周囲には、憧れる程の強さをお持ちになって いる、素晴らしい先生方、先輩方がおられた事を考えると、充分に指導を仰ぐべきであったと、 考えさせられてしまいます。  

 ここで、例えに挙げました、「力士はお相撲を取る為の体を造るため、専門のトレーニングを
する。」「柔道家は柔道をする為の体を造るため、専門のトレーニングをする。」 というお話は、
先生の仰っておられる、「合気の練体」、当会の名称であります、「相顕」とも重要な関連が有り ますが、それはあらためての機会に取り上げます。

 さて、当時の筆者は、「とにかく筋肉を発達させれば良い。」との認識のまま、吉丸先生の許へ入門致しました。 ですから、「力は抜いた方が良い」とのご教授を頂いても、既に理解が出来ませんで した。現在、このご教授を、筆者なりに咀嚼致しますと、「必要のない力、リキみは
抜いて、”必要な力”を出しなさい。」となると考えます。筆者には、この”必要な力”が理解 出来ませんでした。  

 どこでどう、”必要な力”を出すのか、”必要な力”は、どのように鍛え、剛くするのか、 そもそも ”必要な力”とはどういうものかすら、認識出来ずにいたものです。何せ、当時の筆者にとって  理解出来る「力」とは、自己流のトレーニングで認識出来た「力」だけでした。

  その為、筆者は大変なスランプに陥ってしまいました。「腕を伸び伸び、伸ばしなさい。」「指を伸ばす練習を続けるように。どんなときでもやる 様に。」「胸は、あまり筋肉をつけない方が
良い。」「チーシー(空手道で使用する鍛練具)で鍛える。」等々と、多くのご教授を賜りました。  しかし、筆者というと、「伸ばす」とお教え頂くと、とにかく「伸ばしたカタチ」を作り、それで良いものと考えておりました。「伸ばす」 ことにリキんでいたのですから、なかなか上達するものでもありません。  

 やっと、朧げながらに、「こういう事かな。」「こう考えれば、ご教授頂いた事がすっきりとまとまるのかな。」と感じる様になったのは、武道やスポーツがら、離れていた頃です。 やはり、最初にご教授頂いたとおり、「円相水走りの構え」や、「指を伸ばす練習」がとても重要となる様です。吉丸先生が副師範へ、「◎◎先生の、こういう動作は素晴らしかった。」とお話されているのを伺って
いたり、副師範が「良書」と感じた書籍について、お話されているのを伺う事が出来た事も、
大変、参考になっております。

 余談ですが・・・。筆者は、会社員であり、一時期、大変忙しい頃がありました。 体調を崩しかける事もあるのですが、吉丸先生にご教授頂いた練習を行っていたところ、調子を取り戻すことが
出来ました。これは、多忙の中、「伸びる運動」というものが、大変なリラックス効果をもたらして
くれた事が、最大の理由かと考えております。もちろん、効果には個人差というものも有るので しょう。筆者には、最適な運動でした。 多くの人が、疲労を感じた際、大きく伸びる仕草をします。「伸びる運動」は、ここに通じる ものがあると考えます。 但し、これは、リラックスする為に取り入れた、動作で、「武術修行」としての段階では ありません。「武術修行」として行う場合、その多くの運動は、いきなり行うには、苛烈なものです。現在、「武術修行」としてではなく、一般的な人
が、スポーツ、体操として、「伸びる運動」を楽しめるような、簡易なテキストを作成しております。 「武術鍛練」用ではなく、 「スポーツ、体操」としての内容ですから、武道を学ぶ方には、物足りないものとなるかも しれませんが、武道を学んでいない人でも、この「体操」をする事によって、
もし、武道にご興味をお持ちになった際には、スムーズに次の段階に入れるように、活用頂ける様に出来れば、と考えております。詳細は、あらためてご案内致します。

                                                                                          相顕舎の庵 第五席 了
  



庵Top